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大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)56号 判決

原告 吉田真次郎

被告 住吉税務署長・大阪国税局長

訴訟代理人 岡本拓 外四名

主文

一  原告の本件訴えのうち、被告住吉税務署長が原告の昭和三八年度所得税について昭和三九年六月一六日付でした、所得税額を二九万八、七八〇円とする更正処分の取消しを求める部分を却下する。

二  被告住吉税務署長が、原告の同年度所得税について昭和四〇年四月一五日付でした所得税額を三四万三、〇三〇円とする再更正処分のうち、所得税額九、六〇〇円を超える部分を取消す。

三  原告の被告住吉税務署長に対するその余の請求および被告大阪国税局長に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は原告と被告住吉税務署長との間においては原告について生じた費用を三分し、その二を被告住吉税務署長の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告大阪国税局長との間においては全部原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一  原告

(一)  被告住吉税務署長が、原告の昭和三八年度所得税について、(1)昭和三九年六月一六日付でした、所得税額を二九万八、七八〇円とする更正処分および(2)昭和四〇年四月一五日付でした、所得税額を三四万三、〇三〇円とする再更正処分をいずれも取消す。

(二)  被告大阪国税局長が、昭和四〇年三月一八日付でした、右更正処分((一)の(1))に対する原告の審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

(本案前の申立)

(一)  原告の被告住吉税務署長に対する訴えを却下する。

(二)  訴訟費用は原告と被告住吉税務署長との間においては原告の負担とする。

(本案の申立)

(一)  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

(当事者の主張)

第一請求原因および本訴の適法性

一  原告は、肩書地において呉服業を営んでいる者であるが、原告の昭和三八年度所得税について、

総所得金額    四七万一、二五〇円

控除総額     三五万三、三五〇円

課税される所得  一一万七、九〇〇円

税額          九、六〇〇円

として申告したのに対し、被告住吉税務署長は、昭和三九年六月一六日付で、

総所得金額   一八〇万六、〇〇〇円

控除総額     三五万三、三五〇円

課税される所得 一四五万二、六五〇円

税額       二九万八、七八〇円

とする更正処分(以下本件更正処分という。)をなし、これに対する原告の同年六月一八日付異議申立を棄却した。そこで原告は、同年九月一八日、被告大阪国税局長に対し、審査請求をしたところ、被告大阪国税局長より、昭和四〇年三月一八日、右審査請求を棄却する旨の裁決(以下本件裁決という。)を受けた。しかるところ、被告住吉税務署長は、さらに同年四月一五日付で、

総所得金額   一九五万三、五一五円

控除総額     三五万三、三五〇円

課税される所得 一六〇万〇、一〇〇円

税額       三四万三、〇三〇円

とする再更正処分(以下本件再更正処分という。)をなした。

二  しかしながら被告住吉税務署長のなした本件更正処分および再更正処分には、次のような手続上および実体上の違法がある。

(一) 税務署長が、申告納税にかかる国税について、当該申告書にかかる課税標準等または税額等を更正するにあたつては、国税通則法(以下単に「通則法」という。)二四条により、(1)調査がなされること、(2)その調査の結果に基づいて、申告にかかる課税標準等または税額等のどの部分について、どのように相違して認定されたのかが、明らかにされたうえ、更正処分がなされることが要求され、(1)(2)のいずれを欠いてもその更正処分は違法として取消されるのである。

本件において被告住吉税務署長は何らの調査もせず、従つて調査の結果に基づかずに、恣意的な推定計算により本件更正処分に及んだものであるから、取消しを免がれない。また本件再更正処分は、本件更正処分とその計算方法・内容が同一で、単に一部の経費計算の相違のためになされたにすぎないから、更正処分と要素が同一と言い得べく、従つて本件更正処分の前記手続上の違法は、本件再更正処分の違法でもあるから、本件再更正処分も同様に取消しを免がれないところである。

(二) さらに原告の昭和三八年度の総所得金額及び所得税額は、申告どおりであるところ、被告住吉税務署長の本件更正処分および再更正処分は、いずれも総所得金額及び所得税額を過大に認定した実体上の違法があるので取消さるべきである。

三  次に被告大阪国税局長のした本件裁決には次の違法がある。

原告は、昭和三九年九月一八日、行政不服審査法(以下単に「審査法」という)。三三条による書類等の閲覧を請求したところ、被告大阪国税局長は、同年一〇月三〇日、更正決定通知書、異議申立書、異議申立決定通知書、審査請求書のみを閲覧させたが、右の各書類は原告において閲覧の必要のないものであるので、原告はさらに被告住吉税務署長から提出された他の書類等の閲覧を求めたが、被告大阪国税局長は何ら正当な理由がないにもかかわらず、それを拒否したものである。これは審査手続における法令違反であるので、被告大阪国税局長のした本件裁決は取消さるべきである。

四  本訴の適法性について

(一) 被告住吉税務署長は、更正処分と再更正処分との関係につき、更正処分は再更正処分がなされることにより消滅するものとの理解に基づき、本件更正処分の取消しを求める訴えを不適法であると主張するので、この点に関する原告の見解を明らかにする。

更正処分と再更正処分との関係については、被告住吉税務署長の主張するように、更正処分の効力が再更正処分により消滅すると解すべきものではなく、要するに再更正処分によつて変更を生じた税額に関する部分についてのみ生じ、更正処分と再更正処分は併存するものである。このことは通則法二九条一項に「更正で既に確定した納付すべき税額を増加させるものは、既に確定した納付すべき税額に係る部分の国税についての納税義務に影響を及ぼさない」、同条二項に「既に確定した納付すべき税額を減少させる更正は、その更正により減少した税額に係る部分以外の国税についての納税義務に影響を及ぼさない」旨の規定等に照らし明らかである。これを増額再更正処分についてみれば、これは更正処分をそのままとし、税額の看過、脱漏した部分(増額部分)のみを追加する処分である。

したがつて本件更正処分は本件再更正処分により何らの影響も受けないから、その取消しを求める訴えは適法である。

(二) 次に被告住吉税務署長は、原告の本件再更正処分の取消しを求める訴えを昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法八七条一項(現行一一五条一項)所定の不服申立手続を経由していないから不適法であると主張するのでこの点に関しても原告の見解を明らかにする。

行政事件訴訟法は、国民の訴権を保護する立場から不服申立前置制度を例外としている。なるほど旧通則法八七条一項本文は、課税処分等が大量集中的に行なわれ、かつ専門的事項に属することに鑑み、不服申立前置を義務づけているが、同項各号は、前記のごとく行政事件訴訟法の趣旨を尊重し、一定の事情のある場合には不服申立を経ることなく直接訴えを提起できることを規定している。本件においては、原告は更正処分について不服申立手続を経由しており、ただ右更正処分に対する出訴期間中にかつ出訴前に再更正処分がなされている。従つて同項三号(現行一一五条一項二号)は「更正決定等の取消しを求める訴えを提起した者が、その訴訟の係属している間に当該更正決定等に係る国税の課税標準等又は税額等についてされた他の更正決定等の取消しを求めようとするとき」と規定しているが、同号の趣旨に鑑みれば、同号は本件のような場合も含むと解すべきであり、少なくとも準用すべきである。

かりに、同号に該当しないとしても、同項四号後段(現行一一五条一項三号後段)に規定する「その他その決定又は裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」に該当する(もし、被告住吉税務署長の主張するように、本件の場合には再更正処分につきさらに不服申立手続を経由しても、棄却の決定および裁決がなされる概然性が強いのである。そうだとすれば、不服申立前置を要求することは、いたずらに納税者たる原告の権利救済を遅延させる結果を招くのみできわめて不合理である。)。

したがつて本件再更正処分の取消しを求める訴えも適法である。

第二被告らの答弁および主張

(本案前の主張について)

一  原告は、本訴で更正と再更正(増額再更正)の二つの処分の取消しを訴求しているので、更正処分と再更正処分の相互関係を述べる。

(1)  およそ所得は一体不可分のものであり、審理範囲を限定できるものではないこと、(2)同一処分権者のなした同一人の同一年分所得に関する処分が複数併存するのは不合理であること、(3)原告主張の見解によれば、更正処分および再更正処分について矛盾した判決がなされうるおそれがあること、(4)一次更正処分についてのみ取消判決があつた場合再更正処分の効力について疑問を生ずることなどの諸点に鑑み、再更正処分によつて当初の更正処分は消滅したものと解すべきであり、原告の本件更正処分の取消しを求める訴えは、訴えの対象を欠く不適法なものとして却下さるべきである(なお通則法二九条は、租税徴収面の手当に過ぎず、原告の主張するように更正処分と再更正処分の関係まで規定したものではないと解すべきである。)。

二  原告は、本件再更正処分の取消しを訴求しているが、本件再更正処分は、旧通則法八七条一項(現行一一五条一項)所定の不服申立手続が経由されていない。

原告は、本件の場合は、同条一項三号(現行一一五条一項二号)に該当するから不服申立手続を経由する必要がないと主張するが、同号は更正決定等の取消訴訟が係属している間に、当該更正決定等に係る国税について、他の更正決定等がされた場合に関するものであり(同号は明文をもつて「その訴訟の係属している間に」と規定している)、本件の場合のように、訴訟の係属前になされた再更正処分の場合を含みあるいは準用すべきものと解する余地はない。

また、同条一項四号後段(現行一一五条一項三号後段)に該当するとの原告の主張も、再更正処分により所得額が増額されており、かつ本来所得は一体不可分のものであるから、あらためて不服申立手続を前置する実益に乏しいとするいわれはない。かりに、原告主張のように再更正処分による所得増加分が、更正処分による所得から分離、独立しているとしても、なお少なくとも、増加分については不服申立を前置すべきであり、原告が右手続を経ないことにつき、正当な理由ありとすることはできない。

したがつて、本件再更正処分の取消しを求める原告の訴えも、不服申立の前置を欠く不適法なものとして却下さるべきである。

(本案について)

一  請求原因一の事実はすべて認める。同二、三の各事実はすべて争う。

二  原告は、被告住吉税務署長が何らの調査もせず、したがつて調査の結果に基づかずに本件更正処分および再更正処分をなしたと主張するので、この点に関し反論する。

通則法二四条にいう調査とは、課税標準等または税額等を認定するに到る一連の判断過程の一切を意味する。すなわち、税務官庁の証拠資料の収集に始まり、証拠資料の取捨選択、証拠の評価、経験法則の適用を通じての事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用による法的な判断などを経て更正処分に到るまでのすべての行為(思考、判断)を含むきわめて包括的な概念であると解される。そしてかかる調査をいかなる方法で行うべきか等具体的な手続的規定は全く設けられていないから、処分庁のする証拠資料収集、事実認定および法律判断について、その手続面に関するかぎり、処分庁に裁量権が認められていると解すべきである。

本件において、被告住吉税務署長は、部下職員である大蔵事務官筒井淳郎に調査を命じたところ、同事務官は、昭和三九年二月始めごろ原告店舗に赴き、原告の保存する帳簿および原始記録の提出を求めて、原告の提示した現金出納帳、仕入帳および一部原始記録(支払関係の証ひようの一部)を調べ、かつ原告から事情を聴取したうえ本件更正処分をなしたものである。

また本件再更正処分については、更正の基礎となつた所得金額の基礎に誤りがあつたので訂正したものである。

したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。

三  被告住吉税務署長は、原告の昭和三八年度所得税の確定申告について検討した結果、所得が申告と異なるので、昭和三九年六月一六日付で本件更正処分をなし、さらに昭和四〇年四月一五日付で本件再更正処分をしたのである。

(一)  原告の昭和三八年度所得額は、次のとおりでありその範囲内でした被告住吉税務署長の処分に何ら違法はない。そのうち収入金額(売上)については、後述する理由で推定計算により算出したものである。なお、外註費相当分とは、商品購売者の依頼により原告がその縫製加工を第三者に依頼し、支払つた金額相当額であつて、原告は当然商品代に含めているものであり収入金額の一部である。

(1) 収入金額(売上)  一、九一二万〇、五四四円

(内、外註費相当分       一〇七万〇、三四五円)

(2) 必要経費      一、五六二万四、三三五円

1 売上原価        一、三五九万一、八〇〇円

2 一般経費(内訳別紙一記載)  七三万六、九六二円

3 特別経費(〃)       一二九万五、五七三円

(3) 専従者給与         七万三、七五〇円

(4) 所得金額((1)から(2)および(3)の合計額を控除したもの)

三四二万二、四五九円

(二)  収入金額(売上)を推定計算により認定した理由について

被告住吉税務署長が原告の昭和三八年度所得税の調査を行つたところ、原告は売上について、同年九月八日(ただし七月二〇日から八月三〇日までを除く)までは、金銭出納帳に現金売上と売掛入金を区別していたが、その他の記載は全くなく、同日以後は日々の売上(現金売上のみか売掛を含むのか明らかでない)を一括して計上する方法をとつていたにすぎず、また七月二〇日から八月三〇日までの分については入金額の記載が全くなかつた。ところで原告は、全売上の相当部分が掛売であるが、金銭出納帳入金の裏付けの一部となる売掛帳またはこれに類する帳簿記録がなくしては、売掛金の整理または売上高を把握することができないことは自明である。しかるに原告から売掛帳またはその控えの提示がなかつた。したがつて帳簿記録相互間に有機的組織を持つこれらの記録の提示がされない状況下において、前述したような金銭出納帳を信用することはとうていできず、やむなく差益率を調査し、売上金額を推計したものである。

(三)  推定計算の方法について

被告住吉税務署長は、原告の店頭に展示するその販売商品である着尺、羽尺、帯類、雑品につき、各商品の種類別に値札価額、仕入価額を調査し、各合計値札価額から原告の申立てによる値引率一〇%を控除し、各合計仕入価額を差引いて差益を計算し、それを値引後価額で除して、着尺、羽尺、帯類、雑品それぞれの差益率を次のとおり認定したうえ、全商品の平均差益率を二四・七二%と計算したのである。

着尺類   二六・二八%

羽尺類   二四・三三%

帯類    二六・〇三%

雑品    二二・二二%

全商品平均 二四・七二%

そしてすでに判明している売上原価と合わせて売上金額を算出し、それに購売者の依頼による縫製加工賃は実費を徴収するのであるから、右売上金額にこれを加算して収入金額を認定した次第である。

右の計算過程を数式で表現すると次のとおりである。

13,591,800円÷(1-0.247)+1,070,345円=19,120,544円

(売上原価)   (縫製加工賃相当額) (収入金額)

(四)  推定計算の合理性について

原告は、被告住吉税務署長の認定した一〇%の値引率は、最低一〇%ということであり、平均値引率はさらに高率になると主張している。

しかし、原告と同業であり、かつその位置、営業規模、顧客層、取扱商品がほぼ同じである訴外高橋佐平、同墨田辰之助の値引率は、それぞれ五ないし六%、三・四二%程度であつて、原告の同業者の値引の実態は、高々五ないし六%程度を超えないのが通常であると認められるから、原告の申立てに従つて値引率を一〇%と認めた被告住吉税務署長の主張する差益率二四・七二%は、値引の実情などを十分に反映させている合理的な差益率というべきである。

四  原告は、原告の審査法三三条による書類等閲覧請求に対し、被告大阪国税局長が閲覧させたのは、わずかに前掲四書類だけで何ら正当な理由がないのに、被告住吉税務署長から提出されたその他の書類等の閲覧を拒否したと主張するが、これは原告の昭和三八年度所得調査書(以下本件所得調査書という。)の閲覧許可がなかつたことを指摘しているものと推察される。

しかし、本件所得調査書は、原告の閲覧請求当時処分庁たる被告住吉税務署長から審査庁たる被告大阪国税局長に提出されていなかつたのであり、原告の閲覧請求に対して被告大阪国税局長が閲覧させたのは、処分庁である被告住吉税務署長から審査庁である被告大阪国税局長に送付されていた書類のすべてにわたつているから原告の主張は失当である。

そもそも書類閲覧請求は、審査法三三条の規定するところであるが、この規定からも明らかなように、処分庁がいかなる書類等を審査庁に提出するかは処分庁の裁量に委ねられており、(同条一項)、審査請求人が閲覧を求めうるのは「処分庁から審査庁に提出された書類その他の物件」に限定され、進んで審査庁に対して、処分庁からあらたに書類の提出を求めることまで請求しうるものではないのである(同条二項)。

処分庁は、国税に関する法律に基づく所得税の課税は事案が大量かつ回帰的に発生し、継続的に要件事実を認定する必要上、所得調査書を常に手許に存していなければ、円滑なる税務事務の進行がなされないため、審査手続においても所得調査書を審査庁に提出せず審査庁の審理担当協議官が処分庁に出向いて直接閲覧する方法をとつているので、本件の場合においても所得調査書は審査庁たる被告大阪国税局長に送付されなかつたのである。

また審理担当協議官は処分庁において直接閲覧したときに調査メモを作成しおよび資料を収集しているが、これは審査庁が自ら収集した資料そのものであることは明らかであり、これを原処分庁から提出された書類と同一視することはできない。審査法は、審査庁が自ら収集した資料を請求人に閲覧させることについては全く規定していないのであつて、このような資料を処分庁から提出された資料と同一視する何らの根拠もないのである。このような解釈が許されるためには、原処分庁の収集した資料の送付が処分庁に義務づけられており、かつ審査庁の審理がこの資料のみを前提ないし基礎にして進められるにかかわらず、何らかの事情で送付されなかつた場合に、審査庁が自らこれを閲覧し審査の資料に供しようとする場合でなければならない。しかしながら審査法がかような構造をとるものでないことはきわめて明白である。

なお、本件の場合において、前述の調査メモおよび資料は原告が書類閲覧をした昭和三九年一〇月三〇日にはいまだ作成されていなかつたのである。

五  かりに、被告大阪国税局長のした本件裁決に右のような手続違背があるとしても、前記のとおり本件更正、再更正処分には違法が存しない以上本件裁決を取消すことはできないものと解せられる。なぜならかりに本件裁決を取消したとしても、原処分である本件更正、再更正処分を取消す余地がないのであるから、これを維持する裁決をあらためてなすだけのことで、原告には本件裁決を取消すべき法律上の利益は全くないのであるから、これが取消しを求める訴えは失当たるを免れない。

第三被告の主張に対する原告の答弁および反論

一  原告の昭和三八年度所得算定につき、収入金額(売上)は争う、収入金額(売上)は、一、五七七万〇、八二六円である。外註費相当分が一〇七万〇、三四五円であることは認めるが、それは一、五七七万〇、八二六円に含まれるものである。必要経費(1売上原価、2一般経費、3特別経費)および専従者給与が被告住吉税務署長主張のとおりであることは認める。所得金額は争う。

二  被告住吉税務署長が推計により収入金額(売上)を認定したことの違法性。

被告住吉税務署長は、原告備付けの金銭出納帳の売上の記帳が不備であつたこと(七月二〇日から八月三〇日までは記帳が全く欠落していることおよび九月以降現金売上と売掛入金を区別していないこと)および金銭出納帳入金の裏付けの一部となる売掛帳またはこれに類する帳簿記録がないこと等から推計によらざるを得なかつたと主張している。

しかし、原告は金銭出納帳のほか売上日計表を記帳していたものである。右売上日計表は、七月二〇日から八月三〇日までは欠落しているが、それは僅か約四〇日間のことであり、また九月九日以降は現金売上と売掛入金とを区別していないが、これは売上時点と入金時点との二重計上を避けるために入金時点でのみ計上することにしたにすぎないのである。したがつて右日計表の記載は信用できるものであるので、原告は、七、八月を除く他の一〇ケ月分については右日計表を集計して算出し、七、八月分は、右一〇ケ月の売上が前年度である昭和三七年度のそれとほぼ同程度であつたので昭和三七年度の七、八月の日計表に基づいて計算し、原告の主張する収入金額(売上)一、五七七万〇、八二六円を求めたのである。

右のように、原告主張の売上金額中、一〇ケ月分は正確な記帳に基づく実額を集計したものであり、七、八月分の算定方法も妥当であるから被告住吉税務署長の主張するような推定計算によつて売上を算定することは到底許されないものと言わねばならない。

三  推定方法の不合理性について

(一)  被告住吉税務署長が平均差益率を求める基礎となつた商品は、すべて陳列棚に置かれたものであつて、仕入直後のものであり、差益率も高いのである。しかし、原告の場合は、仕入値を割りあるいは仕入値程度で売却するいわゆる特価販売が全売上の約五〇%を占めていたのであるから(特価販売商品は店頭に置かれている)、差益率の高い商品のみを抽出して求めた被告住吉税務署長の主張する平均差益率は実体とかけ離れた不合理なものといわねばならない。

(二)  呉服業は、四季により商品構成、売上金額、値幅の変化の激しい事業であつて、一時点の平均差益率から年間のそれを推計することは不合理である。しかるに被告住吉税務署長はあえて右方法を採用したのである。

(三)  被告住吉税務署長の認定した一〇%の値引率は、最低一〇%の値引率になるとの原告の申立てを平均一〇%としたもので不合理である。

被告住吉税務署長は、訴外高橋佐平、同墨田辰之助の値引率を引き合いに出して、同被告の主張を根拠ずけようとしているが、訴外高橋は立地条件、営業規模、取扱商品が全く異なり、訴外墨田は、立地条件は共通しているが、営業規模とりわけ仕入方法が全く異なるのであるから、同被告の主張を根拠ずけることはできない。なお原告は、昭和三八年当時、前後約二年六カ月の間、将来のための宣伝として安売りを営業政策としていたもので、これは訴外高橋、同墨田と根本的に異なるところである。

(四)  原告は、商店街のサービス・チエーンに加盟し、顧客に対して三%のサービス券を発行していた。このサービス券は招待旅行等に利用されあるいは次の販売時に金員の代用となるのであるが、顧客はサービス券の交付を受けるより、その部分に相応するだけ値引してもらいたいと要求する場合が多く、そのさい原告は右要求に応ずることが多かつたのである。

第四原告の主張(第三、三、(四))に対する被告住吉税務署長の反論

一  原告の主張するサービス券は、客寄せのために発行されたもので商品の値引には全く関係がなく、次に述べるとおり双方に争いのない広告宣伝費の一部を構成するものである。

(1)  原告が加盟しているサービス・チエーンは、商栄会粉浜サービス・チエーン(以下単に「会」という)と称し、各会員が共同で顧客にサービスして会員各自の売上増加を目的とし、会費は日掛七〇円でこれによつて会の運営費およびサービス巻等を印刷する費用にあてている。

(2)  会は、会員共通のサービス巻を一枚三〇銭で各会員に売渡し、この代金を顧客の招待旅行費用にあてている。

(3)  会員は会から購入したサービス券を商品売上額の三%(一〇円に対し三〇銭)の割合で台紙(サービス券貼付用)とともに顧客に渡す。

(4)  会はサービス券を台紙に貼付して一定限度枚数を会員経由または直接会へ持参した顧客を旅行に招待する

(5)  招待旅行に参加しない顧客が、サービス券を貼付した台紙と商品交換を希望すれば、台紙一枚(サービス券を二〇〇枚貼付したもの)を六〇円として会員の店で商品を渡す。

(6)  会は、会員が商品と交換して回収した台紙(サービス券を二〇〇枚貼付したもの)を会に持参すれば新しいサービス券二〇〇枚と交換する。

したがつて、サービス券の最終回収者は会であり、サービス券の費用は、会費とサービス券売渡代金による会員の費用によつてまかなわれているのである。

(証拠)〈省略〉

理由

(本件訴えの適否について)

一  原告の請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、本件更正処分の取消しを求める訴えの適否について判断する。

先ず申告にかかる課税標準等または税額等について更正処分があつた後に再更正処分がなされた場合における両処分の関係如何を考察すれば、両処分は日時を異にする各別個の処分であるが、いずれも既に観念的かつ客観的には成立している一個の租税債務を、そのあるべき正当な数額に具体化するための行為であり、課税標準等または税額等を全体として確定するための処分であり、増額再更正処分にあつては、更正にかかる課税標準等または税額等の脱漏部分だけを追加確定する処分ではなく再調査により判明した結果に基づいて当初更正にかかる課税標準等または税額等を含め全体としての課税標準等または税額等を確定する処分である(通則法二四条、二六条)。したがつて再更正処分が行なわれれば、更正処分は、再更正処分の処分内容としてこれに吸収されて一体的なものとなり、独立の存在を失うに到るものと解せられる。原告は通則法二九条を援用して更正処分と再更正処分は併存するものと主張しているが、右の規定は既に更正に基づいてされた納付や徴収処分が無効にはならないことを規定しているにすぎないから、同条を根拠として原告の主張を正当と解することはできない。実質的にみても再更正処分の取消訴訟において、再更正処分による増差額のみならず、申告額を超える部分のすべてについてその手続上および内容上の一切の瑕疵を主張して審理を受けることができるのであるから、更正処分の存続併存を認めなくても納税者の救済としては十分である。

したがつて既に再更正処分がなされている以上、当初の更正処分を独立の対象としてその取消しを求める利益はないというべきであるから、本件更正処分の取消しを求める訴えは不適法として却下を免れない。

三  次に、本件再更正処分取消しの訴えの適否について判断する。

原告の昭和三八年度所得税の確定申告に対し、被告住吉税務署長は、昭和三九年六月一六日付で本件更正処分をなし、これに対する原告の異議申立を棄却し、原告の同年九月一八日付の審査請求に対し、被告大阪国税局長は、昭和四〇年三月一八日右審査請求を棄却したこと、しかるところ同年四月一五日付で被告住吉税務署長が本件再更正処分をなしたことは当事者間に争いがなく、本件訴えが同年六月一六日提起されたことは当裁判所に明らかなところである。そして本訴において原告は更正および再更正処分の各取消しを請求しているが、右再更正処分の取消しの訴えを提起するについて、原告が不服申立手続を経由していないことは原告において認めるところである。ところで昭和四五年法律第八号による改正前の通則法八七条一項本文(現行一一五条一項本文)は不服申立手続を経由することを訴え提起の要件として定めるがその趣旨とするところは、課税処分等が、大量集中的に行なわれかつこれに対する不服が要件事実の認定の当否にかかる処分であることから、課税庁の知識経験を利用して簡易迅速な方法で納税者の救済を図るとともに、税務行政の適正な運営を確保しようとするものであると解せられる。したがつて右不服申立前置がかえつて不当に納税者の権利救済を遅延させる等一定の事情がある場合は、この原則が適用されることなく直ちに訴えを提起できる(同条一項各号)ものと定め同条一項三号(現行一一五条一項二号)は、その一場合として「更正決定等の取消しを求める訴えを提起した者が、その訴訟の係属している間に当該更正決定等に係る国税の課税標準等又は税額等についてされた他の更正決定等の取消しを求めようとするとき」と規定し、更正処分に対する所定の不服申立手続を経由してその取消を求める訴えが係属している間に再更正処分がなされた場合には、その再更正処分について別異の不服申立手続を経由しないで取消訴訟を提起できるものとしているのである。原告は、同号の趣旨を探究するときは、同号は、本件のように更正に対する不服申立手続を経由し、当該更正に対する法定の出訴期間内にかつその出訴前に再更正処分がなされた場合をも含むと解すべきであると主張するけれども、本件のような場合を含まないことは、文理上明白である。しかし、更正処分に対する所定の不服申立手続を既に経由し、出訴の要件をととのえた納税者に対し、たまたまその出訴前に再更正処分がなされた場合、その再更正処分については、これに対し更に所定の不服申立手続を経由しなければ訴えの提起ができないとすることは、納税者に不当に繁雑な手続の履践を要求することとなつて不合理であり、前述した不服申立前置の趣旨にもそわないものといわざるをえない。したがつて、本件のような場合は、再更正処分については同条一項四号後段(現行一一五条一項三号後段)の「その他その決定又は裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」に該当すると解するのが相当であるから、本件再更正処分の取消しを求める訴えは適法である。

(本案について)

一  本件更正処分および再更正処分に到る経緯

証人筒居淳郎、同相見勉、同佐竹一郎の各証言および原告本人尋問の結果(いずれも信用しない部分をのぞく)ならびに証人相見勉の証言により成立を認められる乙第一号証の一ないし三を綜合すると、被告住吉税務署長が本件更正処分および再更正処分に到る経緯は次のとおりである。

1  原告の昭和三八年度所得税について、被告住吉税務署長から調査を命じられた大蔵事務官筒居淳郎は、昭和三九年一月末ごろから二月初めごろにかけて三回原告店舗に赴き、そのうち二回原告および当時会員であつた原告に、税金対策上の指導助言等をしていた住吉民主商工会の事務局員佐竹一郎の立会のもとに、調査に従事した。

2  すなわち同事務官は、原告に昭和三八年度の関連帳簿一式および原始記録の提示を求め、原告から金銭出納帳、経費内訳帳、仕入帳、商品出入帳および経費、仕入を証する原始記録たる請求書、領収書の指示を受けたが、掛売を記帳する売掛帳あるいはそれに類似する帳簿記録、および現金売上、掛売を含む全売上を裏付けるべき原始記録の提示を得られなかつた。

3  しかも、前記金銭出納帳は、昭和三八年九月八日(ただし同年七月二〇日から八月三〇日までを除く)までは、現金売上と売掛入金を区別して記帳していたが、記載の方法は右二区分の各につき一括して記載していたにとどまり、また同月九日以後は現金売上と売掛入金を区別せずに日々の全売上を一括して記帳する方式をとり、また七月二〇日から八月三〇日までは入金額の記載が全くなかつた。

4  従つて、経費および売上原価は、実額にて算定することができたにもかかわらず、前記金銭出納帳のみによつては正確な売上金額を把握することが困難と考えた同事務官は、さらに金銭出納帳を裏付ける資料の提示を求めたが得られず、また原告の説明によつても納得がいかなかつた。

5  そこで推計によつて売上金額を算定することもやむを得ないと考えて、同事務官は、販売商品である着尺、羽尺、帯類につき商品出入帳から品数の多い着尺二二点、羽尺一〇点、帯類一六点を抽出し、各商品の種類別に値札価額、仕入価額を調査し(一部は現実に値札をみて値札価額を調査した)、各合計値札価額から一〇%の全商品平均値引率相当額を控除し、各合計仕入価額を差引いて差益を計算し、それを各合計値引後価額で除して着尺、羽尺、帯類それぞれの差益率を被告住吉税務署長主張のとおり求めたうえ、全商品の平均差益率を二四・七二%と計算した。

6  その後に到り、原告の確定申告がなされたが、右確定申告書の総所得金額、所得税額が前記調査の結果からみて過少であると考えた同事務官はさらに確定申告書添付の所得計算書をも検討した結果、売上原価および経費等は調査したところと一致しており、唯売上金額のみの相違によつて総所得金額に差を生じていたので、当事者双方に争いのない右売上原価および一般同業者の標準差益率(各税務署で同業種同規模程度の業者を選び出し、大阪国税局で集計して作成したもの)を用いて売上金額を算出し所得金額を求めて昭和三九年六月一六日、本件更正処分がなされた(前記原告の平均差益率を用いずに一般同業者の標準差益率によつたのは、同事務官が両者がそれほど異ならないと考えたことによる)

7  本件更正処分の計算過程に誤りを発見して、被告住吉税務署長は昭和四〇年四月一五日再更正処分をなした。以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。

二  そこで、まず原告の、被告住吉税務署長が何らの調査もせず、従つて調査の結果に基づかずに本件更正処分および再更正処分をなしたとの主張について判断する。

そもそも通則法二四条にいう調査とは、被告住吉税務署長の主張するように、課税標準等または税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味すると解せられる。すなわち課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含むきわめて包括的な概念である。そしてかかる調査の方法、時期など具体的な手続的規定は全く設けられていないから、その手続面に関しては課税庁に広汎な裁量権が認められていると解すべきであり、特に調査の時期についていえば、納税者の申告前たると申告後たるとを問わないというべきである。

本件においては、前段認定のとおり、調査がなされかつその結果を基礎にして本件更正処分および再更正処分がなされたこと明白であるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

三  次に被告税務署長のなした本件再更正処分は、原告の昭和三八年度の所得税額を過大に認定した違法があるとの主張について判断する。

(1)  原告の昭和三八年度の売上原価が一、三五九万一、八〇〇円、一般経費が七三万六、九六二円、特別経費が一二九万五、五七三円、専従者給与が七万三、七五〇円であること、収入金額のうち、外註費相当分が一〇七万〇、三四五円であることはいずれも当事者間に争いがない。

(2)  したがつて、唯一の争点は売上金額がいかほどであるかに帰着するところ、被告住吉税務署長はそれを推計によつて計算することもやむを得なかつたものと主張し、一方原告は金銭出納帳のほか日々の売上を記帳した売上日計表(七月二〇日から八月三〇日まで欠落)が存在していたのであるから七、八月を除く一〇ケ月分については右日計表を集計して算出すべきであると主張している。

ところで、推計課税に関する所得税法一五六条は財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況、又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模により推計することができる旨規定しているが、いかなる状況にあればかかる方法によることが認められるかは規定していない。しかし規定を欠くことが即無制限にかかる方法を許容するものではなく、そもそも推計課税は、帳簿書類の内容から正確な所得の計算ができない場合にも常に実額計算によつて課税しなければならないとすると課税の公平が期しがたいことから認められた方法であることおよび所得税法一五五条一項が青色申告書に係る更正は原則として帳簿書類を調査し、その調査によりなすことを規定していることに鑑みるときは、独り青色申告の場合に限らず、白色申告においても正確な内容の帳簿書類が完全に保管せられている以上、これを調査して所得を計算すべきでみだりにこれを無視して直ちに推計課税の方法によることは許されないが、他面帳簿書類の備付けがないかあつても不備な場合、記帳内容が不正確な場合、納税者が調査に協力しない場合等は、帳簿によつてその所得を認定することは不可能であるから推計課税の方法によることが許容されるものと解せられる。

本件においては、前段認定のとおり筒居事務官から帳簿記録の提示を求められた際、原告は売上金額を証する帳簿として金銭出納帳を提示したが、売上日計表、掛売を記帳する売掛帳、売上を裏付ける原始記録は一切提示せずしかも金銭出納帳の記載は不備でかつ一部脱漏があり不正確であると認められるのであるから、売上金額を推計により計算したことは相当と認められる(証人佐竹一郎および原告本人は、筒居事務官から帳簿等の提示を求められて、原告は売上日計表を提示したと供述しているが、右供述は証人筒居淳郎の証言に照らしてにわかに信用するわけにはいかない)。

(3)  次に推計課税が適正であるためには具体的場合における推計が合理的であるとともに当該具体的推計方式以上に合理的な方法がないかあるいは執りえない事情があることを要するものと考えられる。

本件において被告住吉税務署長(筒居事務官担当)は、原告の販売商品である着尺類、羽尺類、帯類につき、商品出入帳から品数の多い着尺二二点、羽尺一〇点、帯類一六点を抽出し、各商品の値札価額、仕入価額を右出入帳によつて調査し(もつとも一部は現実に値札を見て値札価額を調査した)、各合計値札価額から、商品の平均値引率につき、一〇%を相当と認めてこれを控除し、それぞれ各合計仕入価額を差引いて差益を計算し、それを各合計値引後価額で除して差益率を着尺類二六・二八%、羽尺類二四・三三%、帯類二六・〇三%と計算し、雑品の差益率を二二・二二%とし(本件全証拠によるも雑品の差益率の算出根拠が明らかでない)、右四種類の差益率を加算して、それを四で除し、全商品の平均差益率二四・七二%を求めたことは前記本案についての判断一の5に認定したとおりであり、被告住吉税務署長は本訴において、当事者間に争いのない売上原価一、三五九万一、八〇〇円を、一から右平均差益率〇・二四七を引いた数で除し、それに購買者の依頼による縫製加工賃一〇七万〇、三四五円(当事者間に争いがない)は実費を徴収するのであるからこれを加算し、収入金額(売上)一、九一二万〇、五四四円を主張しているのである。

そこで被告税務署長の認定した上記の平均差益率二四、七二%適用の合理性につき考察する。被告住吉税務署長が前認定のように商品出入帳の記帳によつて着尺、羽尺、帯類を抽出し、各商品の値引価額、仕入価額を調査していること(一部は現実に値札をみて値札価額を調査したわけであるが)からすれば商品出入帳の記帳は比較的正確かつ詳細で認定資料として一応は信を措くに足りるものと取扱つたことが推認されるところ、同被告においては右の記帳につき尚一層多量の商品を抽出する等詳密な方法を採用し得たにもかかわらず、漫然記載物品中品数の多いという程度の浮動かつ不明確な基準で着尺二二点、羽尺一〇点、帯類一六点を抽出したのみでその余の商品の存在を全く無視しているというのほかない。また着尺類、羽尺類、帯類それぞれの差益率を認定するにあたつても各種類内の商品数の割合が同一であること、すなわち着尺類を例にとれば抽出された二二点はそれぞれ同数存在することを前提にしているが右事実は全証拠をもつてしても認めるに足りないこと、前認定によつても雑品の差益率の算出過程が全く不明であること、さらに全商品の平均差益率を認定するにあたり、着尺類、羽尺類、帯類、雑品の商品数の割合が同一であることを前提としているが右事実も証拠上到底これを肯認しえないこと、等を総合すれば被告住吉税務署長の採用した平均差益率二四・七二%は、にわかにその正当性を認めることができない。

更に成立に争いのない乙第二号証、第三号証、証人佐竹一郎、同森谷久吉の各証言および原告本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められる(後記認定事実はいずれも昭和三八年のものである)。

1 原告および訴外墨田辰之助は粉浜商店街において、訴外高橋佐平は安立商店街において、いずれも昭和三八年以前より呉服業を営んでいること

2 高橋は原告に比較し、大規模に営業していること

3 高橋は一万円から三万円程度の商品がその取扱量の約半数を占め、墨田の取扱商品の割合は、千円ないし三千円の商品がその三五%、四千円ないし一万円の商品がその五〇%、一万円ないし一万六千円の商品がその一五%であるに比し、原告の取扱商品の大多数は三千円ないし五千円の安価な商品であること

4 高橋の場合、小売値一万円以下の商品は仕入値の三〇%ないし三五%、一万円ないし三万円の商品は四〇ないし四五%、三万円以上の商品は五〇%の差益を見込んでいること、ただし三万円以上の商品でない場合においても顧客がもともと高級品と思つている商品については、三万円以上の商品と同程度の差益を見込んで小売値を決定していること、特価販売においても二〇%の差益を見込んでいること、平均値引率は五ないし六%であること

5 墨田の場合、一千円ないし三千円の商品は売値の三〇%、四千円ないし一万円、一万円ないし一万六千円の各商品はいずれも二五%が差益であること、特価販売についても二〇%程度の差益があること、特殊な仕入方法を採用し、千円から三千円の商品は呉服市から、四千円ないし一万円の商品は問屋および呉服市から、一万円ないし一万六千円の商品は問屋から、同業者(原告も含む)よりも一割ないし一割五分安く仕入れていること、そのためできるだけ値引しないこととし、平均値引率は三、四三%であること

6 一方原告は薄利多売を営業方針とし、同業者に比較し特価販売等安売りが多いこと、全商品を平均し、仕入値の二割五分ないし三割程度の差益を見込んで売値を決定していること、平均値引率は少なくとも一〇%程度であること

7 結局高橋の平均差益率は二三・七七%であり、墨田のそれは二三・三二%であること

8 原告の平均差益率は、6の事実から計算すると、仕入値の二割五分の差益を見込んだ場合は、一一、一%、仕入値の三割程度の差益を見込んだ場合は一四、五%であること(その計算過程は別紙二記載のとおりである。)

9 原告の昭和三七年度の所得額は、昭和三八年度(係争年度)の所得申告額四七万一、二五〇円とほぼ同一であること、昭和三七年および昭和三八年を通じ営業方針、規模、取扱商品に変化はないこと

以上認定の1から9までの各事実を総合して考察すれば、訴外高橋、同墨田の平均差益率二三・七七%、二三・三二%は原告のそれよりかなり高率のものとなつていることが明白である。したがつて訴外高橋佐平、同墨田辰之助両名の各営業におけるものとの対比において原告に適用すべき平均差益率二四・七二%の相当性をいう被告住吉税務署長の主張は認容することができないところである。

また被告住吉税務署長が一般同業者の平均差益率を適用し原告の総所得金額を一九五万三、五一五円として本件再更正処分をなしていることは、前記のとおり当事者間に争いがないところ、右金額から一般同業者の平均差益率を逆算するとほぼ一八・〇%となるのであるが(その計算過程は別紙三記載のとおりである。)、8に認定した事実に照らし、右差益率も実体に合致しない不当に高い差益率であると言うべきである。

ところで、原告の申告所得額は四七万一、二五〇円であることは当事者間に争いがなく、右所得の平均差益率を計算すると一〇・〇%であることが認められる(その計算過程は別紙三記載のとおりである。)。右平均差益率一〇・〇%は、8に認定した一一・一%ないし一四・五%よりも低いけれども、6に認定したとおり原告は薄利多売を営業方針とし、特価販売等安売りが多かつた事実に徴すれば、不当に低すぎるものとはいえないし、そのうえ9に認定したように原告の昭和三七年度の所得額は、昭和三八年度の申告所得額四七万一、二五〇円とほぼ、同一であり、昭和三七年および昭和三八年を通じ営業方針、規模、取扱商品に変化のない事実を考慮すれば、原告の昭和三八年度の所得額は申告どおりであると考えるのが相当である。

(4)  そうだとすれば原告の本件再更正処分の取消しを求める訴えは、

申告所得税額九、六〇〇円を超える部分全範囲について理由がある。

四  次に、被告大阪国税局長が原告の審査法三三条による書類の閲覧の請求を違法に拒否したとの主張について判断する。

成立に争いのない甲第四号証の一によれば、原告が被告大阪国税局長に対し、昭和三九年九月一八日審査法三三条による書類等の閲覧請求をなしたことが認められ、これに対し被告国税局長が、右閲覧日を同年一〇月三〇日として許可したこと、原告は右同日、更正決定通知書、異議申立書、異議申立決定通知書を閲覧したことは当事者間に争いがなく、証人相見勉の証言によつて、前記書類のほか確定申告書も閲覧に供したこと、また被告国税局長が閲覧させた前掲書類四通は、処分庁である被告税務署長から審査庁である被告国税局長に送付されていた書類のすべてにわたつており、処分庁の所得調査書は送付がなかつたことが認められる。

そこでさらにすすんで、審査庁の審査担当協議官が所得調査書あるいはその要点を写した調査メモが、審査法三三条二項により審査請求人が閲覧を請求しうる書類その他の物件に該当するかについて考察するに、閲覧を請求しうる書類その他の物件は、当該処分の理由となつた事実を証する書類その他の物件であれば、正式の提出手続を経て提出されたものに限定されないと解すべきである。けだし処分庁が所得調査書あるいはその要点を記述した文書を作成した審査庁に提出するのと、担当協議官が処分庁において所得調査書あるいはその要点を写すことは、いずれも処分庁の資料が審査庁に提供される点において同一であるからである。

したがつて処分庁の所得調査書あるいはその要点を記述した調査メモは審査請求人の閲覧の対象となると解すべきである。

しかし、本件において証人相見勉の証言によれば、審査庁の担当協議官相見勉は、昭和三九年一一月初めごろ処分庁である住吉税務署に赴き、所得調査書を検討し、その要点を記述した調査メモ(乙第一号証の一ないし三を含む)を作成したこと、したがつて閲覧許可日たる同年一〇月三〇日にはいまだ作成されていなかつたことが認められるので、本件調査メモは閲覧の対象たりえないものというべきである。

したがつて、審査庁たる被告国税局長は、処分庁たる被告税務署長から提出された書類のすべてを閲覧に供したこと明らかであるから被告国税局長に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(結論)

よつて原告の本件訴えのうち、被告住吉税務署長がなした本件更正処分の取消しを求める部分はこれを却下することとし、本件再更正処分の取消しを求める請求は、所得税額九、六〇〇円を超える部分の取消しを求める限度において正当として認容し、被告税務署長に対するその余の請求および被告大阪国税局長に対する請求は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日野達蔵 松井賢徳 仙波厚)

(別紙一~三省略)

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